江ノ電沿線新聞WEB日記『さよならタンコロ』
江ノ電沿線新聞社の事務所から、かつての原稿用写真のネガフィルムが発掘された。このネガフィルムをデジタル化して確認したところ、タンコロの晩年の姿から保存までの貴重な姿が記録に残されていた。今回はその様子について解説を交えながら紹介していこう。
まずは冬の藤沢駅高架橋を走行する108号だ。この写真を見て筆者は驚いた。晩年のタンコロの仕事は、主に2両編成が足りない時の調整役として稲村ヶ崎と江ノ島の間を行き来することだった。ゆえに最末期のさよなら運転の時にようやく高架化された藤沢駅に来るようになったのだ。
写真からは知ることができないが、石上から藤沢にかけては上り坂になるため、モーターもさほど強力なものではないから苦労したのではないか。
この高架橋をタンコロが登る写真は非常に貴重である。いわゆる撮り鉄諸氏なら共感するかもしれないが、この高架橋は電車が柵に隠れてしまい電車を撮影するには向かない場所だ。私が当時の人間であれば、貴重なフィルムを浪費しているとすら思える。しかしどうだろう、誰もが写りが悪いことを敬遠した結果、現在タンコロが高架区間を走行した記録は見る機会はほぼなくなっている。よくぞ記録していたと感心してしまった。
次に紹介するのは、さよなら運転の出発式の様子だ。
降車ホームを使って花束を贈呈する様子が記録されている。ホームでの記録だが、式典のためカメラマンも集まっている。藤沢におけるタンコロの写真といえばこちらが王道とも見ることができるだろう。脇に映る自動販売機なども時代を感じるが、タンコロと自販機が共演する光景も平成生まれにはなかなかピンとこないものがある。
さよなら運転の翌年、タンコロは正式に廃車となり、しばらく極楽寺検車区に保管されていたが、スクラップの危機に瀕していた。そこで江ノ電沿線新聞の紙面に、タンコロ保存を呼びかける投書が行われ、タンコロ保存運動が始まる。その結果、107号は解体を免れ鎌倉市に寄贈されることとなった。
107が江ノ電の線路を離れ、保存公開されるまでの経緯が記録されていたので紹介しよう。
107が江ノ電の線路を離れた時の記録だ。まず、極楽寺検車区から龍口寺前まで牽引回送された。牽引車は304号で、もと106・109を連接改造した車だ。兄弟車だが、他社から購入した強力なものに換装されているため、牽引車には適任だったのだろう。そこからクレーンで吊り上げられてトラックに載せられて移動した。
クレーンで吊り上げられ宙に浮く107号はトラックに載せられた。このトラックはトレーラーの手配にトラブルがあり急遽手配されたものだそうだが、小さな電車ゆえあっさり乗ってしまったのだという。
その後、一旦鎌倉市内で保管されたのち、鎌倉海浜公園に設置され、お色直しが行われた。
この時、屋根の上にあったパンタグラフを、かつて使用していたトロリーポールに換装している。これは当時極楽寺検車区に保管されていた実物を取り付けたそうで、かつての面影を残す貴重な史料となっている。また座席も座布団を取り払って木製ベンチに改造された。
次の写真は、107号のお披露目の様子で、沿線新聞の紙面でも紹介されたものだ。装飾を施し、来賓もあって盛大に祝う様子がわかる。
このタンコロを末永く保存するためには、清掃などのメンテナンスが欠かせない。当初は鵠沼運動公園のSLを清掃していたSL少年団がタンコロの整備にも活動していたが、これとは別にタンコロを清掃する団体が発足することとなった。これが現在の江ノ電ファンクラブに繋がっている。
(余談)
ここからは、詳しく知りたい人のために、タンコロの引退の背景について少し踏み込んで説明する。当時江ノ電では、安全装置のひとつである自動列車停止装置(ATS)の設置準備が進められていた。ATSとは、電車が制限速度を超えて走行していないかチェックして、もし速度違反をしていたら非常ブレーキをかけて強制停止させる装置だ。
ATSの導入には、線路の真ん中についた発信機の電磁波を受け取るためのセンサー(=車上子)を電車の床下に設置しなくてはならないが、ここで、タンコロへのセンサー設置へいくつかの課題が生じる。タンコロは1両編成で、前後2つの運転台がある。2両編成の電車の場合、各車両の運転台の下にセンサーが順次取り付けられたが、タンコロは1両に前後とも設置しなくてはならないから、1両の電車にも2両分のセンサーを取り付ける工事をしなくてはならない。さらに、タンコロはブレーキ構造が古く非常ブレーキがないため、強制停止するためにはブレーキ構造の改造も必要で、今後も使い続けるためには改造が必要な箇所が多かったのだ。
結果、タンコロを電車として使っていくことが出来なくなったのだが、ここでATSを装備して走り続けていれば、今我々がタンコロまつりで目にするクラシカルな電車の姿は失われていたかもしれない。
すでに交換部品も限られる中、多大な努力によって極楽寺検車区に姿を残す108号は、数奇な運命によって42年前の江ノ電の空気を閉じ込めることとなったタイムカプセルなのだ。