私の江ノ電ばなし 第十話 文学の中の江ノ電
野口雅章 写真集『江ノ電305』著者
近年、さわやかな秋らしい気候が少なくなったような気がする。せめて、紙上では秋らしい話をしたい。○○の秋という言い方は、いろいろあるが、今回はその一つ、読書の秋といきたい。そこで、文学に描かれた江ノ電について述べていこう。
鎌倉文士という言葉があるように、江ノ電沿線には多くの文士が居を構えた。それらを網羅することは難しいので、主な作家、作品を取り上げることとする。
まずは「小説の神様」とも言われた志賀直哉。彼は『鵠沼行』という作品の中で、
「電車の窓から七里ヶ浜の夕方の景色を見て行くのが順吉の予定だった。然し日曜で、江の島からの帰り客で、電車の中は一杯だった。」
と記している。1912(大正元)年当時の描写だが、現代に通じるものがある。
また、俳句の革新で知られた高浜虚子は、
「波音の由井ヶ濱より初電車」
という句を残している。現在は、由比ヶ浜二号踏切わきに、この句碑が建てられている。
フランス文学者で、社会運動家でもあった小牧近江は、「江の電さん」という文を残している。
「(納涼電車の)中には畳がしかれているのもあった。岐阜提灯が汐風にゆられて納涼にふさわしかった。」
古き良き江ノ電の、夏の一コマを述べた味わいある一文となっている。※この記事は江ノ電沿線新聞2022年10月号に掲載されたものです。