【いろんな人のぶんを読む。】えのぶーん『トマトってどっち?』
美里 奏(鎌倉在住)
この時季の、デパートの地下食品売場。目に飛びこんでくるのは、野菜や果物のコーナーの、ビタミンカラー。赤、オレンジ色、黄色、深緑色と色鮮やかだ。見ているだけで元気が出る。
私はトマトが大好きだ。最近は、トマトの種類も多くなった。大玉、中玉の桃太郎、ミニトマト等々。
以前、作家芥川龍之介の三男で作曲家の、也寸志さんのエッセイを読んだ。エッセイの内容は、大体こうだ。
戦後間もない頃の事。銀座のS屋の果物籠を頂いた。その中にトマトが入っていた。トマトは当時まだ珍しく、貴重な高級果物だったので、芥川家のみんなは大喜び。そして幼い也寸志さんは、まっ赤に熟したトマトを一口かじり、その美味しさに感激したという。
それから暫くして、八百屋の店先に、トマトが並んでいるのを見かけるようになった。高級果物ではなく、普通の野菜として売っている。それを見た也寸志さん「はて、トマトは果物ではなく、野菜なのかしらん?」と疑問に思った。そして也寸志さんは、折ある毎に親しい人達や、仕事仲間に「トマトは果物か、野菜か」と尋ねてみたのだった。答えは半々に分かれたようだ。でも也寸志さんはトマトはやっぱり果物だ、と思っていた。
さて、夏に頂き物をした。老舗銀座S屋のジェリーの詰合せだ。いろいろな果物のジェリーは箱の中で宝石のように美しく輝いている。
私は果物の種類を、パッケージで確認する。グレープフルーツ、キウイ、ラフランスにマンゴー…どれも美味しそう。
その中にトマトのパッケージをみつけ、驚いた。色は深味がかった赤。トマトは果物なのかしら?私は野菜だと思っているのだと思っているのだけれど……
そしてこの時、私は以前に読んだ也寸志さんのエッセイを思い出した。老舗銀座S屋は、今もトマトを果物として扱っている。だからジェリーのセットに入っているのだ。長く続いてきた老舗の頑固さに感動した。
そして私は、最後までとっておいた、トマトのジェリーをゆっくり口にした。甘ずっぱいトマトの濃厚な味は、果物だった。