おでかけ

湘南のおいしいお菓子115店を巡る『夢のスイーツ湘南+』出版記念座談会!

「神奈川県のお菓子屋さんを応援したい!」という𠮷田菊次郎氏の願いをもとに構想が練られた新刊書『夢のスイーツ湘南+〈プラス〉』が2022年6月に出版されます。

鎌倉、藤沢、逗子、葉山、小田原、湯河原から箱根までも含めた名店の数々をご紹介しています。
これを記念し、鎌倉の老舗菓子舗豊島屋社長の久保田陽彦氏をお迎えして、「お菓子の夢」を存分に語っていただきました。

【出席者】(敬称略)
𠮷田 菊次郎(株式会社 東京・銀座ブールミッシュ取締役会長、江ノ電沿線新聞「日本の 銘菓」連載中)
久保田 陽彦はるひこ(株式会社 豊島屋、豊島屋製菓株式会社 代表取締役社長)

𠮷田 菊次郎さん

久保田 陽彦さん

同業者仲間は仲良し

久保田:大学卒業後、銀行に勤務した後、家業である豊島屋に入社しました。鳩サブレーの工場からはじまり、十数年間は製造の現場を経験し、その後、本店長、常務、専務を経て2008年より現職に就いています。

和菓子屋は、全国展開しているところが少ないせいか、どこも「一国一城の主」のような意識があり、気さくにつき合えるとても良い繋がりがあります。

𠮷田さんは、T百貨店の会でご一緒しているお仲間です。集まるのは店のオーナーばかりですし、懇親の場もあるので、自然に打ち解け、「気の置けない仲間」というとても良い雰囲気の会です。気軽な会話の中から「お宅のお惣菜とうちのお菓子とコラボレーションしましょう!」という話になったりします。

𠮷田:同じ業界の仲間特有の親しさがありますね。芋ようかんで知られるFさんとは、和と洋をコラボさせた新しいお菓子を作りました。

Tのれん街は、全国の百貨店の名店街の発祥の地としてその先駆けとなったところですが、北海道から沖縄まで、全国の名店のお菓子店を1カ所で回れちゃうんですから、凄いことですよ。スイスにもパリにもない、世界で類を見ない商業形態です。

洋菓子屋に生まれて、大学卒業後、苦境に立った家業を立て直そうと、パリの菓子店の扉をたたき、パリやスイスでお菓子づくりの修業をしたので、本場のお菓子文化がしっかり沁みついています(笑)。

渋谷区役所通りにブールミッシュを創業したのは29歳の時でしたが、それだけには留まらず、テレビ番組に出演したり、ドラマのプロデュースをしたり、俳句を嗜んだり、大学で教えたりしながら、気づくと出版した本は100冊を超えました。

私は神田生まれですが、葉山で育ったので、幼い頃から、豊島屋さんのことはよく知っていました。豊島屋さんがいかに地域の皆さんと共存しているかは、鳩サブレーの黄色い缶が湘南のほとんどの家にあることで分かります。ちょうどA4用紙が入るし、目立つ黄色だし、使い勝手がいいですね。

久保田:以前、ヤミ金融のテレビドラマを見ていた時、コワモテが揃う事務所の机に鳩サブレ―の黄色の缶が置いてあったんです。一瞬ドキッとしました。喜んでいいのかな……と(笑)。

皆様によく「缶使ってるよ」と言われます(笑)。いつまでも使っていただいてありがたいです。

和菓子づくりと日本人の心

𠮷田:曽祖父の代から菓子屋をやっていますが、今に至るまでは、栄枯盛衰、経営が厳しい時期もありました。その経験から感じるのは、「鳩サブレーの確固たる存在感」です。

サブレーはフランス語でサーブル、砂という意味で、口に含むと砂のように砕けることからきています。いろいろな食感のサブレ―がある中で、鳩サブレーのじわーっと口の中に広がる口溶け感と、優しい味わいが、日本のサブレ―たるもののスタンダードとして、世に認識され、定着していることにはまったく驚かされます。

久保田:それは「カステラが和菓子」と思われているのと同じことです。カステラはポルトガルからやってきたと言われ、本来は西洋のものですが、和菓子として認識されていますね。鳩サブレーもそれと同じなんです。

豊島屋は和菓子屋。鳩サブレーの原材料の砂糖は日本ならではの上白糖、普通サブレーなどを作る時はグラニュー糖を使うと思うのですが……。明治の頃は上白糖しか手に入らなかったこともあり、おのずと日本人の好む味として定着したのでしょう。以来、「日本人の心を持つこと」を心掛けています。

𠮷田:それに比べると、ヨーロッパはそれほど甘味にこだわりがないですね。日本のお菓子は砂糖が基準です。最近は「甘くないお菓子はないの?」などと言われたりしますが、ようかんは、砂糖を減らすとカビがはえる。だから量を減らさずに糖度の低いものを選んだりしています。

日本は湿気が多いので、吸湿性に富んだ上白糖は加工してもしっとりとした味が出せますが、グラニュー糖はさらさらしているからそうはいきません。

やはり、和菓子の砂糖に関する考え方は理にかなっていますね。

久保田:𠮷田さんを前にして恐縮ですが、和菓子に比べて、洋菓子は、味が強いというか全てにおいてインパクトが強いように感じます。クリスマス、ハロウィン、バレンタインなど、洋の暦を使った派手さにはかないません(笑)。

和菓子屋としては、和の暦を生かし、伝統を繋ぐ作り方を守っていきたいと思っています。否定するわけではありませんが、洋の暦に準ずることはやらずに、ひな祭りなど、季節に合わせた行事にあそび心を持たせています。

和菓子には伝統的な作り方がある反面、洋菓子は「こうあるべき」という強いきまりがないので、当社の洋菓子も、かなり自由に作っています(笑)。

𠮷田:確かに洋菓子は好き勝手に作りますね(笑)。「ひな祭りにショートケーキ」は当たり前になっています。何をどう作ってもいい。和菓子とは歴史と文化が違いますから。

和菓子は500年の歴史を繋ぐ間にブラッシュアップされ、ひとつのセオリーができあがったのでしょう。

食することの本質を知る

久保田:最近、若い人を見て感じるのですが、耳で食べる人が多いですね。有名人や、人から美味しいと聞いたからと、自分で決めないで、情報で食べる傾向があります。食することは、「自分の目で見て、匂いや香りを鼻で感じ、自分で美味しさを見極めて食べる」ことです。グルメと言われる番組でも、お寿司は、肝心のにぎり方を無視してネタだけを話題にする…。本質から外れていますね。

𠮷田:それは料理にも言えることです。和食の味わいは、お膳の賑やかさだけでなく、掛け軸、生け花、仲居さんの立ち居振る舞いまで、トータル的に作られるひとつの文化です。雰囲気も含めての味わいです。

鎌倉と老舗力

𠮷田:鎌倉は常に話題性がある街ですね。映画館で、「Destiny鎌倉ものがたり」を観ましたが、鎌倉の妖しさが表されていて久々に面白い映画だと感じました。居酒屋のシーンでは久保田さんも出演されていましたね(笑)。今、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも大いに注目されていますし、鎌倉はやはり特別なところですね。

その地で、120年以上続いている豊島屋さんは、鎌倉だけでなく、神奈川、また日本を代表する菓子舗になられ、同業者として敬服しています。100年、200年継続させることの力、まさに「老舗力」をしみじみ感じているところです。

久保田:「老舗の力」の源は、大きな困難を乗り越える力があるか否かが大きく影響すると思います。100年続く企業は、関東大震災や第2次世界大戦を乗り越えてきました。200年続く企業になると、明治維新を経験しています。世の中ががらりと変わった明治維新を経験して今も存続している商店・企業の底力はホントに凄いと思います。

𠮷田:家業歴200年以上の企業に与えられる国際的称号に「エノキアン」がありますが、日本の企業が世界で1番多いとか。

世界で最古の企業は、日本の宮大工「金剛組」ですが、なんと1000年も続いています。経営危機に陥った際には、大手ゼネコンが支援をしたという話を聞きました。

久保田:継続を願い、皆で守ったのでしょう。反面、ヨーロッパの歴史を辿ると、常に戦争! 戦争! の連続でしたから、生き抜いていくのは至難の業です。

てまえどもは東京、神奈川中心の商売ですが、老舗と言われる菓子屋の中には、本業ばかりでなく、様々な分野にフレキシブルに経営を広げている仲間もいて、とても勉強になります。

和菓子の持つ深み

𠮷田:菓子屋は、とにかく地道にコツコツ続けていくことが基本です。江戸中期から南蛮菓子が入って来て、飴細工が工芸品扱いをされ、お城の正門からの出入りと帯刀さえも許されるようになりました。一介の菓子屋が「菓子司」として権威を持ったわけです。地道に続けてきたからこその評価です。

「地道にコツコツ」は、菓子屋に生まれた宿命みたいなものですね(笑)。

久保田:洋菓子はパティシエが中心に店を司り、お菓子はパティシエのものという印象がありますが、和菓子は職人と店主が意見を出し合って作るので、その店のお菓子になります。だから職人の名前は出てこない。私もいまだに職人とワイワイ、意見のキャッチボールをしながらお菓子作りをしています。

𠮷田:洋菓子はオーナーパティシエが「これいいね。作ろうかー」で作れる世界ですが、和菓子は違います。「匠の世界」と「旦那の世界」がいい塩梅に融合してつくる世界です。浮世離れしたエッセンスなども練り込まれているかもしれませんね。だから和菓子の深みが一層増すのでしょう。

今後の活動

久保田:活動している老舗の団体(全国名産菓子協同組合)で、年1回行う催事の中に「あんこを再発見しよう」というのがあります。全国の菓子屋が自店のあんこを持ち寄って食べくらべをします。今年は16種類を食べくらべましたが、同じ小豆なのに、どうしてこんなに違うのか……と思うくらい不思議に違うんです。美味しいとかまずいとかではなく、炊き方によって明らかに違いが出ます。いかに美味しく炊くかは和菓子屋の命なんです。

これからも業界としてこの違いを皆さんに分かって貰えるような活動をしたいと思っています。鎌倉で長く商売をさせていただいているのは、鎌倉のお陰ですし、社会貢献などというおこがましいことではなく、「鎌倉に恩返し」ができれば…と思っています。

コロナ禍で、だれもが大変な状況ですが、明るく上を向いて、まずは鎌倉が笑顔になり、次に神奈川、そして日本中が笑顔になるように、今できることをしたいと思っています。「笑う門には福来る」です。

大河ドラマの舞台が、生まれ育った鎌倉なので、第1回目は、身内みたいな感覚で緊張して見ました(笑)。今は、知った地名が出てくると楽しんでいます。ドラマのおかげで、鎌倉の知名度がいっそう上がり、感謝しかないです。

これをきっかけに全国に笑顔を発信できたらいいなと思っています。

𠮷田:歴史が身近なところで感じられるなんてすばらしいですね。

今では小学生が、将来なりたい職業は「パティシエ、パティシエール」とはっきり言います。めざす職業として菓子職人がしっかり市民権を得ていることに、ある種の責任を感じます。洋菓子に携わって来たものとして、業界100年の歴史をどうやってまとめ、しかるべきものにしていくかを模索中です。
一方で、子どものように旺盛な好奇心が止まず、やりたいことがいっぱいあります。今関わっているいろいろな分野を継続・発展させていきたいと思っています。子ども達にも「一度しかない人生だから、やりたいことをやっていいんだよ!」と伝えたいですね。

「この道、ひとすじ数十年!」という軸を持つことは大事なことです。日本人の美徳を大事にしながら、異分野、異文化と交流し、吸収し合って、食や味覚など食文化が豊かになり、素晴らしいものが生まれるのではないかと思いますし、そのきっかけができれば……と思っています。

『夢のスイーツ湘南+〈プラス〉』江ノ電沿線新聞の本屋さん、有隣堂藤沢店ほかで2022年6月発売予定です!

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