よりぬき沿線新聞 続・湘南のお地蔵さま

続・湘南のお地蔵さま『粟田地蔵』

 中島淳一

 ほのかに潮の香ただよう京急YRP野比駅前の道を右に十分程進むと、右側の一段高い場所に粟田地蔵が祀られる。右手に錫杖、左手に宝珠を持つ通例のお姿である。身に着ける納衣のすそは連なる峰々の稜線の如くに鋭い衣文線で表わされる。しかしそのお顔は修理こそされているものの、人里離れた仙境に住む仙人を思わせ、心和む穏やかな表情である。

以前このお地蔵さまはここより少し北へ行った「粟田」地区内の旧街道沿いに祀られていた。しかし大規模な土地開発により行き場を失い、地域の厚志家により昭和四十六年に現在の地に遷座された。それまでは閑散とした里山だった粟田地区だが、開発に伴う急激な人口流入のため、新設された小学校は昭和五十三年には児童数2190人となり、神奈川県内一番のマンモス校となった。

このお地蔵さまには古来より道中安全や歯痛・頭痛平癒その他諸願成就の折には貝殻を捧げる習わしがあり、私が訪れた時にも手水鉢(ちょうずばち)の上にたくさん奉納されていた。古代中国では貨幣としても用いられたというが、地域の人々にとってはそれ以上の価値ある宝物として捧げられたのであろう。その白い輝きはこの地域の安寧な日々を象徴しているかのようである。

-よりぬき沿線新聞, 続・湘南のお地蔵さま